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2024年05月19日
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 思う限界のところ

2011年08月29日



ローキャ氏とケバブ姫の恋物語。
完結編です。


※どんな設定でも耐えられる方のみどうぞ!



・WWR4




宮殿内の警護にあたる近衛兵。数日前から、その姿を町中で見かけるようになった。
そろそろ日が沈むというのに小隊に分かれた彼らが引き上げていく様子はない。成果のないまま宮殿にもどるわけにはいかないのだろう。
行方不明となった姫君の捜索は日ごと大がかりになっている。


(すまないな……)
窓越しに見える兵士たちと、宮殿の奥深くにいる父王へ。姫は神妙な面持ちで、もう何度くり返したかわからない詫びの言葉をつぶやいた。
宮殿を飛び出すことなど言語道断。いまごろ乳母や世話係の者たちが嘆いているかと思うと、胸が痛む。
今日でもう一週間だ。
彼によって――宮殿にほど近い貴族の屋敷へと連れてこられて。
 

室内へ向き直る視界に、暖炉の正面にほどこされた精緻な装飾が飛び込んだ。
菫の花を模した模様は、この邸の門にも、部屋の扉にも、屋敷のいたるところに刻まれている、この家の紋章だ。
貴族の中でも、国王と親密な関係にある名門貴族のみが掲げることを許される、忠誠の証。
青年に連れられたこの屋敷で、特徴的な意匠を目にしたとき、姫は驚愕の声をあげた。
まさか青年の力がこれほどまでとは思わなかったのだ。
言葉も文化も異なる欧州からやってきた年若い事業家が、数年のうちに、王の側近の貴族に取り入ることに成功したなどと……にわかには信じられない。
灯台もと暗し。
ここは近衛兵だって足を踏み入れることはできない、かっこうの隠れ場所だ。
 

豪奢な意匠に注視していた姫は、扉が軋んだ音を立てるまで注がれるまなざしに気づけなかった。
青年が戸口に立ち、まっすぐ姫へと向けられる微笑。
夕映えの赤色を反射して光る、濃紺の髪と深い色の瞳。
この屋敷に着くやいなや、使用人たちに姫を預けすぐに出かけてしまった彼がそこに立っている。一週間も留守にしたことに、どんな意味が含まれているというのか。
全身に緊張が走り、姫のほうから話掛けることはできなかった。
 

「よかった」
耳元で囁かれたわけでもないのに。どうしてこんなに、と思うほど胸が鳴る。
高鳴る心臓の音が聞こえてしまわないよう、精一杯強がってみせる。本当は駆け寄って抱きつきたいところを、ぐっと我慢する。
「何だよ、それ。わたしがいなくなるとでも思っていたのか」
「自信なんてなかったよ。宮殿からかっさらってきたようなものだから」
優しげな表情で歩み寄る青年。目をそらさなければ心臓が破裂してしまいそう。姫は胸をおさえながらうつむくが、青年はそんな様子にはおかまいなしで無遠慮に近寄ってくる。
彼を前にして、高まる鼓動。どくんどくんと。
うるさいくらいに脈打っている。

一人きりで過ごした数日。考える時間はいくらでも与えられた。
彼の目的・意図はわからずじまいだが、自分の心情だけは掴むことができた。
いくら温室育ちとはいえ、ここまでくれば、今、自分の胸を高鳴らせているものの正体がなんであるか、わかる。
しかしそれはまだ知られてはならない感情だ。青年の望みがはっきりとするまでは。
 

「気に入らなかったらとっくにいなくなっているさ。わたしはいつでも自由にここを抜け出せたんだからな」
「そうだな。ごめん、悪かったよ。俺を信じてここまで着いてきてくれたきみに失礼なことを……。それに、何日も一人にさせた。大丈夫だったか。時間がなくて、あまり説明することもできなかった」
「大事な用があったんだろう、心配するな。邸の者は皆、親切にしてくれた。……なあ、もう出かけないか?」
送られた視線に深く頷き返されて、姫はごくりと息をのむ。
青年はそれまで緩めていた顔つきを精悍に引き締めて、姫の手を取る。彼女を窓際に導き椅子に座らせ、自分はそのかたわらで両の膝を折った。

「ようやく……。やっと、終わったんだ。最後の取引を済ませてきたよ。本当ならきみを迎えに出かけるのはこのあとのはずだったんだ」
思いがけない、姫と国の英雄との婚約発表。それが計画を狂わせたと、青年は苦笑まじりに語る。姫はまばたきも呼吸も忘れて彼の言葉に聞き入った。
「段取りもなにもあったものじゃないけれど、まずは喜ぶべきかな。やっときみが俺のそばに来てくれたんだから」
瞬間、姫がおののかなければ、差し伸べられた手は、そのまま体を抱きすくめていた。
そんなことになれば話を聞くどころではなくなってしまうから。姫は自分の理性を保つことを優先させる。上半身をそって拒絶の意志を放てば、青年の腕はしずかに退いていった。

「わたし。どうしても知りたいことがあるんだ。だからここでおまえを待っていた」
「……そうだな。きみには言っていないことばかりだ」
「教えてくれ」
身の危険をおかしてまで。そうまでして宮殿から連れ出した、本当の理由を。
だれだって好きこのんでリスクなど背負わない。相当の見返りがなければ――。
「もう冗談ではすまされないっておまえならわかっているだろう! もし捕まれば……!」
「きみに心配されるの、すごく、なんていうか……心地いいな。そんなふうに言ってもらえると、ちょっと思い上がってしまうよ」
「そんなこと言ってる場合か……っ」
熱くなる姫。その彼女をするりとかわす青年。
その余裕たっぷりの、崩さない態度の裏側にあるもの。それが知りたいのだ。
同時にすべてを知るのは、怖くもあるが。ここではっきりしておかなければ、このまま彼と共にいることも、宮殿に帰ることも、どちらも選べそうにない。

「そのことなら、もう心配いらないんだ。もともと捕まるつもりはないし、たとえ捕らえられても、この国はもう俺に手を出すことはできないよ。まさか王も、この国を囲う6カ国すべてを敵にまわすつもりはないだろう?」
唇の片端をわずかにつり上げた表情は、狡猾と噂聞く商売人のイメージそのもの。
自信に満ちた、魅力的な微笑。しかし、その微笑みを見せつけられて、惹かれるどころか、背筋が強張った。
優越感に浸る彼。饒舌に語る彼。
考えまいとしていた推論が頭をよぎる。

動揺を見透かされないように一呼吸置いてから姫はていねいに尋ねた。
「いままで、近隣国を駆け回っていたというのか」
「ああ。この大国に挑むためにはどうしても必要だったから――」
細く眇められたグリーンアイが、夕日に染めあげられた景色に向く。
青年が見つめるその彼方には宮城がそびえ立っている。冷たい月のようなまなざしがとらえているものはその先にある……。
宮殿の、奥深くに鎮座する、……王。

「……やっぱりおまえのねらいは……わが国での覇権なんだな……」
もう、凍りついた顔をごまかそうとは思わなかった。
 『姫に取り入ってこの国の利権をねらっているのかもしれない』
何度も頭を振って追い出したはずの王の言葉。それが頭の中をぐるぐると回る。
青年を信じていたからこそ、余計なことは考えないよう努めていた。彼の笑顔だけを思い返して、甘やかな期待にだけ浸っていたこの数日。
なぜなら、これまでに一度も、姫に向けられる青年の表情に嘘や偽りがまぎれこんでいたことはなかったから。

「わたしはずっとおまえを信じてた。頭がよくてまじめで、いつも優しいおまえをわたしは信じていたんだ。だから、あの時、わたしはおまえの手を取った……!」
温かく甘やかな感情。
彼といる時にだけふわりと弾む心。
姫という立場も責務も、心地よい陶酔の前では何の意味も成さなかった。
けれど……。

「結局、おまえがほしかったのは、国なんだな」
求めたのは、姫個人ではなく……自然豊かな、可採埋蔵量に恵まれた国土。
彼の国元である欧州はいまや経済成長の真っ只中。将来、懸念されるのは産業資源の枯渇だと言われている。
「資源豊富な国を手に入れれば、いっさいの問題がなくなるからな。この国はおまえたちにとって都合がよかった。だからわたしに近づいたんだな……」
姫は目を見開いて青年を見上げる。
青年は悲しげに顔を歪ませた。傷心の姫よりもつらそうに見えるのは、なぜだろう。

「――王がそう言ったのか……」
そっと伸ばされた指は、おののいた姫にひるむことなく、濡れた目尻を静かになではじめる。
気遣ってくれる青年の温もり。それをたしかに感じられるのに、溢れる涙は冷たいまま、頬をすべっていく。
「泣かないでくれ。そうであってほしくなかったのかと思って――また嬉しくなってしまうよ」
遠慮がちな笑み。戸惑いながら行き交う指先。
姫が知る彼はこちらのほうなのだ。
これらすべて、野望のために用意された偽りの優しさだというのなら、もう見たくはない。演じる必要はないのだと、青年の胸を叩いて訴えたかったが、嗚咽でそれもままならない。

「きみの中で王は絶対的な存在なんだな。実の父親より自分を信じてくれ……なんて言いづらいが。ほかに言いようがないんだ」
青年は、ぽつりと、この地にはじめてやって来たときの驚きを語った。
絶対的な君主の力。王を神とあがめる民衆の信仰心。
「当事、父からはこの国との繋がりを深めてくるまでは帰るなと言われていた。何からはじめていいのかもわからずに、ずいぶんと途方にくれて、なんの収穫もない日々が無為に、どんどん過ぎていった――」
交渉のために訪れた宮殿。
そこで人生を変える運命的な出会いが待っていた。
「型どおりの挨拶を済ませた俺に、君は『もっと子どもらしく振る舞え』と叱ってくれた。初対面で叩かれたのは、きみがはじめてだよ」
青年がくすりと笑うから、姫は泣き顔を覆いながら居心地が悪そうに身じろぎする。

たびたび訪れる宮殿で、姫はいつも光輝いていた。王族という責務を抱えながら。お世辞にも自由とはいえない宮殿の中で、それでも姫は輝いていた。
きびしい実力主義の世界に生きる青年が、生き生きとした姫の存在に、どれほど救われたか。溢れんばかりの生命力に、どれほど憧れたか。前に進む勇気をもらったか。言葉では言い尽くせない。

「父に命じられたからではなく……きみのそばにいるために、と考えたら、おそろしいほどのやる気が満ちてきたんだ」
人種・年齢の壁。さまざまな困難を乗り越えながら、彼はこの地方で徐々に力を得ていった。
そうしてようやく、権力者の王に対抗できるほどの経済力を掴み取った。
それは、王を圧倒し納得させるだけではなく、姫の伴侶となってからも役立つもの。
「きみの婚約をめちゃくちゃにした責任は取るよ。だから、今まできみが俺を信じてくれていたように、これからも……一生、信じてもらうことはできないか?」
強く握られた手。ふりほどこうとしても、ふり払えない。
宮殿を抜け出したときと同じ。彼は、人が変わったように、強い力で姫の迷いをねじふせた。

「ずるいぞおまえ」
我を通して相手を困らせるのはいつだって姫の特権のはずだった。彼はただ穏やかに笑い従うだけだった。
こんなふうに強引な態度をむき出しにされて、どうしていいのかわからない。
「ごめん。どうしても譲れないものができたときから俺はわがままになったんだ」
「おまえがわがまま? じゃあわたしの前ではものわかりのいいヤツを演じてたというわけなんだな」
「誰にだって二面性があるだろう……マイナスの側は知られたくない――そういうものじゃないか」
姫だけだ。開けっ放しの扉のように、ありのまま生きているのは。世界中見渡しても。

嬉しいときは笑い。悲しいときに泣き、悩み深きときは琥珀色の瞳に戸惑いをにじませる。
閉鎖的な環境で育ったとは思えない、虚飾ない心柄。
姫のように生きられたら、どんなに楽だろう。
華やかな姫の姿を目に映す自分は常にうっとうしい仮面に覆われていた。それがとても窮屈に感じられた。最初に思ったのは、羨望だったのかもしれない。
それは幾年も時を経て、思慕の情と重なり――今に至る。
 

「欧州へ一緒にきてくれないか。両親を紹介したいんだ」
「わたしに選ぶ権利はあるのか」
「察しがいいな……。ないよ」
「だったらわざわざ聞くなよ。もしかしたらこのまま経つのか。わたしは一度も宮殿に帰してもらえないというわけか」
「今ここできみをもどしたら二度と会うことは叶わなくなる。だから我慢してもらえないか。そうだな、しばらく、三年くらい、世界中を旅してみないか? 帰国したらそうそう外には出られないだろう? それに、王宮での生活は……こう言っては失礼だが、不自由がつきまとう」
今のうちに二人きりの時間を楽しみたい。そう思わないか……?
姫の大きな琥珀色の目は見開かれて、数秒後、意味を理解したその顔が上気する。

「二人で世界を巡ろう。きみだってこれまで、自由に、鳥のように羽ばたくことを願わなかったわけではないだろう。二人でならどんなところに行っても楽しめるような気がするんだ」
「おまえ、そんな大事なことを勝手に。言っておくがな、父王はしつこいぞ。国を離れたくらいで手を引くとは思えない」
たとえ天界の彼方でも。
地獄の果てまでも追ってきそうな気がする。彼は王の放つ追手たちとやりあう覚悟があるというのか。

「王に手紙を書くよ。もし旅の途中で、俺が拘束されるようなことがあれば、姫のことは諦める。――ただし、二人そろってこの国に降り立つそのときは、俺をきみの伴侶として認めてもらう」
「そんな、わざと煽るようなこと」
「これくらいしないと本気だってことわかってもらえないだろう? 王にも、……きみにも」
立ち上がる……と見せかけて、青年は姫の体に手を回し楽々と抱き寄せる。
おののく暇も、抗う隙も与えられず、青年の胸に軽々と収まってしまう姫。
こうしようと思えば彼はいつだってできたのだ。ハッとして、忙しない鼓動を自覚しながら姫は悔しさにぎゅっと唇を噛む。
そんな気配を察して青年が肩の上で笑った。

「やっとだ……。やっと、こうしてきみに触れられる」
抱き締めてくる強い力に腹立たしさは薄れ、あたたかな気持ちで胸がいっぱいになる。
言い返してやりたいことは山ほどあるのに。
聞き出したい事実もたくさん残っているのに。
しかし、口をついて出たのはか細く震える声だった。これには姫も自分で驚いてしまう。驚きながら、言葉を綴った。
「わたし。おまえにもう隠さなくても……いいのかな」
体を寄せ合っているから、脈打つ鼓動はごまかせない。
聡明な彼のこと。もしかしたら姫が読み解いた以上のものを悟っているかもしれない。この勇気は無駄なのかもしれない。でも、言わずにはいられない。
押し込めていた感情は封を解かれ、ふくれあがり、熱く、心の奥からこみ上げる。
「わたし……おまえのことが…………」

「ちょっと待って」
ぽかんと目を開ける姫のすぐそばに、青年の顔が迫る。
柔らかな唇の感触。他人の温度を押しつけられ、息が止まった。両手が添えられた頬は、一気に熱を帯びた。
青年は唇を離してからやれやれと嘆息した。
「開けっぴろげな性格も考えものだな」
青年は抱擁を解き、混乱中の姫を覗きこんだ。スッと前髪を掻き分ける手。ひんやり感じるのは自分がよほど火照っているからだと、姫はそんなことをぼんやりと思った。
「油断すると他の男に奪われそうになるし、喜びに浸っていれば先に言われそうになるし。きみが相手だと一瞬でも気が抜けなくて、困るよ」
「なっ……」
やっかいものを扱うかのような物言いに、姫は食ってかかった。突然にキスをされて、頭の中は半ばパニックだ。
四肢をばたつかせて取り乱す様も、かわいい。なんて思われてるとは夢にも思わずに、姫は暴れつづける。

「大丈夫だから落ち着いて。なんの支障もないよ。こっちが緊張をゆるめなければいい話なんだからな」
「くつろげない相手といっしょにいたって大変なだけじゃないかっ」
「そういう辛抱も苦労も、翻弄されるのも。ぜんぶまとめて味わってみたい、かな。……すごく楽しみだよ」
腕の中から逃れようとする姫を抱きとめて、青年は後ろから形よい耳朶にささやきかける。
息がかすめただけで、びくっと体を震わせる腕の中の姫。
無垢なまま育った彼女がほほえましい。心なごむ、愛らしい存在だ。
「姫。きみが好きだ」
言われた姫はこわごわと、けれどまっすぐに青年の瞳を見つめた。
もう隠す必要はない。言葉を伝えて、それで信じてくれるというのなら、思う存分知ればいい。
胸に秘めてきた想いの丈を。
伝えられない日々の長さを。
その間、どれほど苦しかったのかを。

「大好きなんだ……きみのそばにいたい。それがいつしか俺の夢になっていた。きみが隣にいてくれるなら、王の権威だってなんだって、怖くないんだ」
上目遣いの瞳はふたたび涙ぐんでいる。
「俺についてきてくれないか」
「だからっ、それを……っ、さっき言おうとしたのに。おまえが……ん……ッ……!」

まさか、そのたびに遮られるなんてことは。
ないだろうな……。

繋がるはずの言葉を追う、その思考さえもかすれていく。
一度目よりも熱い感覚にのみこまれて。


 


外は燃えるような夕焼け空。
彼方に見える、宮殿の塔。
王族である姫が国を離れる影響は計り知れない。青年とその親族だけではなく、ほかにも多くの人間に迷惑をかけることになるだろう。
それでも、共に旅立ちたい。
世界を巡り終えたそのときは、帰ってくると約束するから。
必ず。二人で。

 









END










一国の姫を望むのならば、このくらいの覚悟と力がないと!!
本家アスランもがんばって。

そう思いながら書きました。

世界を巡りながらいちゃいちゃするといい。



好き勝手な設定にもかかわらず、ここまで読んでくださって、
ありがとうございました!!

 

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