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『カガリ』 (1)
本編から数年後の短編です。
小さなカガリがふいにたずねてきた。
波打ち際でおもいきり遊んだあとだ。視線を落とす気配に、遊び疲れたのだと考えた。
しかし。
「アスランはコーディネイター……だよね?」
まんまるく見開かれた瞳に見つめられ、アスランは思わず戸惑う。
突然どうしたというのだろう。ほんのすこし前まで、つぶらな瞳はきらきらと輝いていたはずだ。
真意を掴めないまま、アスランがゆっくりうなずくと少女はさびしげに目を伏せた。
影がおちる横顔はとても六歳のそれには見えない。
「スクールで、イヴァンとキースが、ね……。……はじめは口で言い合うだけだったのに、だんだん、大きなけんかになって」
ずいぶんと唐突な話だったが、声をつまらせながら必死に語る様子に、一語も聞きもらしてはいけない気がした。
少女とはまだ数時間の付き合いで。お互いのことをほんの一部知っただけだが、すくなくともアスランは気を許せる相手と認められたらしい。
口にするのも辛そうな悩み事を打ち明けてくれるほど信用されたことが素直にうれしかった。たどたどしく続く言葉に、アスランは耳をかたむける。
「けんかに負けたイヴァンがキースの悪口を言い出したんだ……。キースはなんにもすごくない、コーディネイターだから強くてあたりまえって大声で言いふらして。そうしたら今度は、キースがナチュラルの子と話をしたがらなくなって……」
たった二人の間の差別はまたたくまに小さなスクールへ伝播した。
一度衝突した二人は引き返すことができなくなった。二人がナチュラルとコーディネイターだったから。
そうして。カガリもほかの皆と同じようにスクール全体に広がった雰囲気にすこしずつ流されていった。
もちろん違和感はあった。だから今までと同じようにふるまおうと努めた。
しかし結局彼女はナチュラルで。
ナチュラルである彼女はナチュラルらしく、コーディネイターの子どもたちと関わらないように、周りに倣って行動するしかなかった。
でも、ずっと引っかかっている。
遊んでいても宿題をしていても。もやもやとした気持ちが晴れてくれることはない。
今だってそうだ。
心のトゲはささったまま。そのトゲはときどき、思い出したように痛む。
こんなことはちがうのに、正しいこたえがどこかにあるのに。
必死に訴えてくる声。それは自分の内から聞こえてくる。
「イヴァンはコーディネイターはいじわるな人種だって言うけれど……アスランは優しい……すごく」
打ち明けられた事実の重さを受けとめて、アスランは精一杯の笑みで小さなカガリを見つめ返した。
「アスランは、ナチュラルのわたしに、どうして優しくしてくれるの?」
保護した理由はほかにある。少女がナチュラルだからということは関係ない。
アスランはちらりと、すこし離れた場所で佇む同行者を見やった。……彼女が腰をあげる気配はない。自分はどうもこういう役回りは苦手なのだが。
納得させるのではなく。
迷わせるでもなく。
導くだけ、というのは存外にむずかしい。彼女や、ラクスのようにはいかないかもしれない。
しかし、小さく肩を丸める少女はアスランの言葉をじっと待っている。今にも壊れそうな瞳を見ていると、はやく救ってあげたいという気持ちが勝った。
(しかたない……)
眉根を寄せながら、アスランはゆっくりと口を開いた。
(2)へつづく