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2024年05月19日
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 『カガリ』 (2)

2011年11月03日



(2)です。



「考えてもきりがないのはわかってはいるが――あれでよかったんだろうか」

遠ざかる親子の後ろ姿を見つめながら囁くようにこぼすアスラン。
隣にいるカガリはこくりと静かにうなずいた。
 
 
『俺がコーディネイターでもナチュラルでも、カガリには優しくしたと思うよ。これはそんなに難しいことではないんだ、きっと。
きみも、これまでは気にせずに彼らと付き合うことができていたんだろ? 
コーディネイター、ナチュラル……そんなくくりにとらわれず、一対一で向き合うことが大事なんだ。慕うか、疎むかは、そのあとで決めればいい話だ』


 

思い返して、アスランは肩をすくめる。

「ほんとに、代わってほしかったよ。伝道師の役目は、俺にはちょっと」

何度か目配せをしたのだが、目深に帽子をかぶったカガリがそれに応えてくれることはなかった。

「――いや。おまえでよかったんだと思うぞ。あの子にとっては」

泣いていた少女へ最初に声を掛けたのもアスランだ。たった数時間のうちに少女はアスランにずいぶんとなついていた。
親切にしてくれたという理由もあるだろうが、彼の中にある誠実さや飾らない優しさにふれて、誰にも言えなかった悩みを打ち明けたくなったにちがいない。
アスランならきっと、自分のもどかしさをわかってくれる――そう感じたのだ。
 

渚の上で。
慟哭と迷いの末に彼が手にした彼なりの答えはゆっくりと紡がれた。
いたわりのこもった真摯な言葉は、深く彼女の心に届いたことだろう。


 

「安心しろ。ちゃんと伝わっているから」
「そうだといいんだが」
「おまえの声、胸にスッと入ってきた。あの子だって同じだと思うぞ」

未来を担う子どもたち。
痛みから目をそむけずに、受け入れて。向き合ってほしい。

「あんな幼い子までも苦しんでいるなんて知ると……胸が痛いよな。けど、それが心強くも感じられるんだ。皆がいっしょに想い願う世界なら、いつか変えることもできるはずだから……」

目の前に広がる海。すこしずつ金色に染まりはじめる情景に目を奪われる。
波はきらきらと光を照り返し、打ち寄せる波の音は心地よく耳に響く。
世界の美しさを目の当たりにして二人は息をのむ。
言葉はいらなかった。




「カガリ?」

おもむろに駆けだしたカガリは、アスランの引き留める手をすりぬけ、海へ向かっていく。サンダルごと波の中へ足を突っ込んだ。

「おまえは昼間あの子とたくさん遊んで満足しているかもしれないけど! わたしはほとんど一日中座ってたんだからなっ」

ばしゃばしゃと波を散らしはしゃぐせいでワンピースは裾からどんどん濡れていく。しかし彼女はそんなことは気にもとめず、楽しげに波を蹴りあげる。
そんなカガリの様子に、アスランは腰に手をあて、困ったような嬉しいような顔で見入っていた。

――まあ、いいか。

彼女の言い分はもっともだ。日中は、保護した少女の相手をするばかりでカガリにかまってやれなかった。
日が沈むまえに別荘に戻っておきたかったのだが。
無邪気に波と戯れているカガリを見ているとアスランもまた、自分が物足りなく思っていることに気がついた。
せっかくの休暇。
ひさしぶりに過ごす、二人きりの時間だというのに、これでおしまいというのは、惜しまれる。
 


「アスラン……? おまえ、濡れるぞ」
「べつにかまわないよ」
「……おまえ、なんか、今日はおかしいな……」

いつものアスランだったらこんなとき絶対に近寄ってこない。使命感を優先させて、周囲を警戒しながらカガリを見守っているはずだ。
海ではとくにそう。携帯している銃が水に浸らないよう、極力海に近づかないよう気を配るのを知っている。

濡れた感覚がカガリの横顔を襲った。不意をついたアスランが嬉しそうに笑っている。
その甘く優しげな笑みに心臓がどきりと音を立てた。

「どうしたんだ、ぼうっとして」
「ず、ずるいぞ。いきなり……」

カガリは両手にめいっぱい波をすくい、応戦をはじめる。負けまいと必死になるカガリにアスランは呆れ顔をつくる。

「物欲しそうに見られているって気づいたが……そこまで遊びたかったんだな……」
「悪かったな……!」

晴れ渡る空。さざめく青緑色の波。
砂浜でじっとたたずむには向かない光景を目の前にしながら。ひたすら耐えた。
波打ち際ではしゃぐ二人をどれだけうらやんだことか。

「かといって、休みの日まで護衛に囲まれるのはごめんだ……」

問題が起きたそのときは代表首長に相応しい警備を受け入れる――自由な休日を勝ち取るため、いくつか条件を示されている。
この国の代表首長だと悟られることのないように過ごすのは、課せられている条件のひとつだ。
 

「警戒する必要はなかったと思うんだけどな……。あの子の前では」

波をすくう手を止め、カガリは首をかしげた。
昼間もアスランに促された。
代表首長だと名乗っても支障はないんじゃないか――、と。

カガリはやっぱり聞いておきたいと思った。
迷子の少女を見つけたときから、アスランはどこかおかしかった。
どうしてそこまであの子に肩入れするのだろう。その理由がわからない。









(3)へつづく


 


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