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2024年05月19日
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 『カガリ』 (3)

2011年11月03日

(3)です。完結。




考えると不思議なのだ。
孤児院で子どもたちに囲まれ仕方なくぎこちなく接するアスランをカガリは何度も見ている。すすんで世話を買ってでるほど子どもが大好き!という性分でもないだろうに。
偶然出会った幼子を保護する――カガリの身辺警備を任されているアスランがとるべき行動とはとても思えなかった。
 

訊いてみると……答えは意外にもあっさりしていた。
カガリから言わせれば、なんて短絡的な……という理由。

「簡単だ。カガリを慕って付けられた名前じゃないか。そんな子がきみに害をなすとは考えにくいだろ」

今度はカガリが呆れた。

「アスラン、あのなぁ……。そんなわけないだろ……、それほどめずらしい名前でもあるまいし! あの子が生まれた6年前っていうと……わたしが代表に成り立てのころだぞ」

名ばかりの為政者、だった。
力なく、一人では何一つ決められなかった頼りない少女だった。
そんな自分を。

「慕ってくれた者がいたとは到底思えないな」

まして。この世に生まれでてくれた愛しい愛しいわが子にその名を授けるだなんて。

「そんなことはないさ。きみがこの国のために懸命だったのは、誰の目から見ても明らかだった。――あのころのカガリも、じゅうぶんに、まぶしかったよ」

改まった声で言われて、カガリの意志とは裏腹に胸が熱くなる。
アスランの発言はときどき、すごい威力をもっていると感じる。カガリを簡単に錯乱させるほどの、威力。


「いっしょにいるのがカガリだって知ったら、あの子も、あの子の母親だってきっと感激したはずだ。自分の名前を、より誇らしく思えたにちがいないんだ……」

だからアスランは再三カガリを促した。
両親が願いをこめて授けた名前。立派に国を支える少女のように、力強く純真に育ってくれと。

「あの子は自分の名前がどこからきたのかわかっているようだったけどな」
「…………どうしてそんなことが言えるんだ」
「なんとなく、かな。いっしょに過ごしていてそう感じられたんだよ」
「まったく……」

常時は論理的な思考傾向にあるアスランが、彼らしくない言動ばかりを重ねる……。
違和感の正体はこれだったのだ。

今日一日の判断も言動も反省している、すまない――と言うわりに、そんな雰囲気はすこしも感じられない。
口元にそっとたたえられた微笑み。それが悪戯っぽい笑みに変わる。

「伝道師に向かないと思ったのは……口下手ってこともあるが……あの子に、カテゴリーによる差別はよくないと説いておきながら、自分がひどく影響されているってわかったからだ」

ずいぶんと含みをもたせる言い方だな、とカガリが感じたとおり、アスランはそれきり説明しようとしなかった。
 

(……カテゴリー? ……ナチュラルとコーディネイターの区別のことか……? でもアスランはそんなこと、とっくに……)



 

――――あ。
直感が働いた刹那、カガリは小さな波に足をすくわれて腰から波に浸かってしまった。
全身ずぶ濡れだ。
アスランが差し伸べてくれる手を取ることもできずに、しばし、呆然とした。

「カガリ――?」
「あ、いやっ……、ま、マーナが選ぶ靴はさっ、歩きにくいものばっかりで、こ、困るよな……っ」

どうにか立ち上がったカガリは、全身が濡れているというのに……熱くて。アスランと目を合わせられない。不自然に顔をそらせてみせる。

「怪我はないか?」と優しくたずねながらアスランはカガリの足元を気にして腰をかがめてきた。
彼に素足を直視されるのも気恥ずかしいが……それよりも、なによりも……。


「ひゃっ――!」

いきなり抱え上げられ、悲鳴に近い声があがる。

「は、離せって……!」
「戻るぞ。すぐ暗くなるだろうし、日が落ちれば気温もさがってくるからな」

頭から水をかぶったカガリを気遣っての所作だ。
海に入ったくらいで風邪などひくわけがない。帰るというならおとなしく従う。
だから、今は――。

「おろせって! 自分で歩くから……っ!」
「……あのなぁ。目の前で転ぶところを見せられたばかりなんだぞ」

解放する気配のまったくないアスランにカガリはしかたなくしがみついた。よろけたのをヒールのせいにしたのはカガリ自身。今さら弁解などできない。
しかし。
顔も体もひどく熱い。こんなに近づいていてはアスランに気づかれてしまうかもしれないのだ。
 

彼の思いの丈を知った。
アスランが自省するほど左右されたものは、『カガリ』だ。
同じ響きの名をもつというだけで、彼は見ず知らずの少女を助け、かいがいしく面倒をみたのだった。

 

「カガリ」
聞き慣れているはずなのに。
妙に意識してしまう。
こんなに甘く優しげな響きだっただろうか……?

「明日は満足いくまで付き合うから思う存分羽をのばせばいい。どこか行きたいところはあるか?」
「……い、いまのところ……ない、けど……」

消え入りそうな返事はまだいじけていると誤解されかねないが、いつもの調子にもどるのにはすこし時間がかかりそうだった。
免疫だって必要だ。

アスランは、少女が自分の名に誇りをもてるだろうと言った。
カガリの中であざやかな色彩をもちはじめたものは、誇りとはまたべつの様相だけれども。それは、幻想的に輝く海のように、きらきらと光りだす。
不思議な幸福感が胸いっぱいに広がっていく。
 

昼間、放置同然の扱いをされる自分と、にぎやかな二人を見比べて――ひそかに妬いてしまっていた。
誰が見ても、見惚れてしまうような笑顔で。かつてない献身ぶりで。
それらすべてが、己の存在に由来しているとすれば――。
 

(……なんだ、わたし、拗ねたりして。ばかみたいじゃないか……)




「カガ、……?」

名前をつむがれる前に、カガリはアスランの肩に頭を預けた。まだ、顔を合わすほどの免疫はできていないから、額を強く押しつける。
どうしていいかわからなくなる。だから、しばらく、呼ぶな!……などと強いるのは筋違いだろうし。落ち着くまではこうしてるほかない。
体をすり寄せることで、心が通じるとは思わないが。
今感じているこの幸せと安らぎを、すこしでも伝えられたらと思い、カガリはアスランのジャケットの上からぎゅうっと抱きつく。

 

体が濡れているとは思えないほど、その腕の中は温かだった。
そっと頬にふれてきたアスランの指先は、優しさに満ちていた。

 

 







END 










●あとがき●

オーブ国内での「子供の名前ランキング」において、“カガリ”は上位にランクインしているんだろうな、と思ったのがきっかけでした。
アスハ代表。支持率高そうですし!国民にも慕われていそうです!

あとは、アスランが‘カガリ’にめっぽう弱いとか。
アスランの素の褒め言葉は、よろこびの域を軽く飛び越えて、心臓に悪いとか(笑)


どこかで楽しんでいただけたら幸いです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。






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